パク・ミンギュ / 亡き王女のためのパヴァーヌ

 読んでいる途中で「もしかしてこれ『君が望む永遠』か?」と思い、実際に読み進めてみると半分は当たりだったわけだが、それよりも近いのは『リトルバスターズ!』の方であった。

 この喩えが理解できる人はもはや老境に差しかかっているだろう。お陰でとても懐かしい気分になったよ。

 閑話休題。かつて勝新太郎北野武との対談で『あの夏、いちばん静かな海。』という映画について、「お前、この映画撮っていて気持ちよかっただろ」と言ったそうだが、この小説もそのような「書いていて気持ちよかった」小説ではないか。作者が書きたかったであろう、ただひたすらに美しく純粋で繊細な世界観が伝わってくる。イヤフォンを片方ずつ共有しながら『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』を聴くくだりなど、ただでさえ甘ったるい少女漫画に村上春樹をそのままぶち込んだような、一発で虫歯になる甘ったるさである。手までベットベトになりそうだ。

 文中で頻出する変則的な改行も「詩を書くときの癖でやっている」と言うだけあって、非常にリリカルでキラキラとしたフレーズが、それこそ降り出したばかりの雪が積もり始めた舗道のように、そこらじゅうに散らばっている。

 勝新太郎のように「観る側からすればあんなにつらいもんはないぜ」というつもりはないにしても、しかしまあ鼻持ちならないというか、読んでいて小っ恥ずかしくなるというのはある。

 淡々とした抑揚のない文芸的な作品だと思って読んでいたので、ラストの展開では大変面食らってしまった。文学作品として読めば許容範囲なのかもしれないが、エンタメ作品として読むと限りなくアンフェアである。そういう意味でも比較的、読み手を選ぶ作品であるように思える。

 また、ルッキズム(外見至上主義)に対する問題提起として"彼女"はいささか醜い女性となっており、彼女は彼に対して「なぜ醜い私にそれほどまでに踏み込んでくるのか」という疑問を投げかけるが、これについての返答は明確にはなされない。結局「傷ついた者、孤独な魂を抱えた者同士が惹かれ合う」というようなふんわりとした雰囲気だけが残り、そのままラストまで、それっきりそこから話は逸れてジェットコースター的にギミックが動き出してしまう。

 この小説の題名が『亡き王女のためのパヴァーヌ』というモーリス・ラヴェルピアノ曲からの引用であるように、ビートルズの楽曲を始めとした様々な固有名詞が頻繁に引用される。こうした引用にいったい何を仮託しているのだろうと考えると、これらに依拠して何かを語ったというよりは、主題となんら関係のない、単に小説をお洒落に飾りつけする以上の意味はなかったのではないか。

 なんとなく批判めいた文章が続いてしまったが、かなり面白い小説であることに間違いはない。460ページを一気に読めるくらい物語に没入させてもらった。この前に読んだファン・ジョンウンの『野蛮なアリスさん』があまりにも優れた作品であったこともあり「韓国文学に求めているのはこういう小説ではないのだよなあ」と思ってしまったことも確かだが、しかしそれは現在の僕の関心からくる個人的な理由であって、数少ないお気に入りの恋愛小説ではある。

 僕は焼餃子が好きだ。容姿を無視して考えても、彼女と焼餃子であれば、焼餃子の方に共感を持ってしまうだろう。おそらく。

(2015年 クオン ★★★★☆)